渡り蝶々アサギマダラが集まる、ピンク色の花畑
三重県御浜町尾呂志地区、さぎりの里から350mほど歩いたところの一角に、桜餅のような甘い香りを漂わせるフジバカマの花畑がある。
フジバカマとは、キク科ヒヨドリバナ属の多年草。花の色が藤(ふじ)色で、 花弁の形が袴(はかま)のようで あることが名前の由来だそうだ。
2023年秋、この場所で花を咲かせたフジバカマはおよそ300株。フジバカマ園は数あれど、ここまでの規模と生存株数を誇る場所は近隣に他にない。
フジバカマ園には、1,000km以上も海を越えて旅をする美しい“渡り蝶々”アサギマダラが集まり、多い時で数百羽にも及ぶ。その姿は各メディアにも取り上げられ、尾呂志のフジバカマ園は全国各地からカメラマン旅行者が集まる御浜町屈指の観光スポットになりつつある。
フジバカマとは、中国原産のキク科ヒヨドリバナ属の多年草。関東地方以西から朝鮮半島にかけて広く分布している。開花時期は春~秋と比較的長いが、御浜町でピークを迎えるのは毎年10月。秋の七草の一つにも数えられ、ピンク色の可愛らしい花びらと、独特の甘い香りが特徴のひとつ(その香りの高さからフジバカマには「蘭草」という別名もある)。
アサギマダラのオスがフジバカマに集まる理由は、フジバカマの花蜜に含まれる有毒成分「ピロリチジンアルカロイド」によって天敵から身を護り、メスに対してフェロモンを分泌することが可能になるからと言われている。
また、フジバカマが生育しやすい湿地や河川敷は、酷暑や強い日差しを避けるアサギマダラにとっても快適な環境であることを意味する。
アサギマダラはチョウ目タテハチョウ科のチョウ。羽の白い部分が「浅葱(あさぎ)色」にも見えることが名前の由来とされる。
アサギマダラは1,000km以上も海を越えて旅をする通称“渡り蝶々”。大気の風に乗って春には北上し、秋になると沖縄や台湾まで南下する。尾呂志のフジバカマ園に集まるアサギマダラの中には、東北地方から飛来した個体も確認されている。アサギマダラの尾呂志のフジバカマ園での滞在期間は約1日から2日。十分に吸蜜した後、風に乗ってさらに南へ旅立っていく。
尾呂志のフジバカマ園に集まるアサギマダラは、多い時で数百から千匹単位にも及ぶ。雄大な山々を背景に咲き誇るフジバカマとその周りをひらひらと舞うアサギマダラの可憐な姿が少しずつ周囲から注目を集め、2023年は蝶好きや写真好きなどを中心に全国各地から約3,200名がフジバカマ園を訪れた。
フジバカマに集まるのはほとんどがオスだが、畑のすぐ裏手にはつる性の多年草キジョラン(鬼女蘭)のツルが植えられており、アサギマダラのメスが安全に卵を産み付けられるように管理されている。
尾呂志のフジバカマ園は単にアサギマダラが通り過ぎていくだけではなく、新たな命が芽吹く場所にもなっているわけだ。
今回、尾呂志のフジバカマ園を運営管理している「尾呂志アサギマダラとコスモスの会」に話を伺った。「尾呂志アサギマダラとコスモスの会」とは、普段は農家として活動する山田俊弘さん・上之谷久さん・廣野栄松さんが加盟する地元有志団体。
尾呂志のフジバカマ園のスタートは2020年で、それ以前は、山田さんが本業である農家のかたわら市木地区で小規模なフジバカマ園を作っていた。
「昔から植物が好きで色んな花を育ててたんですよ。でもフジバカマを育てるのはなかなか…最初は全然上手いこといかんかったです」
フジバカマは白絹病(シラキヌビョウ)など土から来る病にかかりやすく、開花するまで育てるのは実は非常に難しい。あらゆる方法を試したが、市木のフジバカマも同じ病で全て枯れてしまった。
そんな折、知人の紹介で尾呂志地区の休耕田を借りられることに。
ひょんなことから借りられた土地。利用方法を思案した結果、山田さんはフジバカマをもう一度育ててみようと一念発起。
「最初は完全に自分の趣味でしたので、宣伝は一切していませんでした。まさかこんなに沢山の方に来て頂けるようになるとは思いもしませんでした。」
来訪者の増加に伴い、同じく御浜町内で農家として活動する上之谷さん、廣野さんと共に「尾呂志アサギマダラとコスモスの会」を結成。アサギマダラが飛来するシーズンよりずっと前の春頃からフジバカマを枯らす病原菌の防除をしたり、秋にはフジバカマ園を訪れる観光客にアサギマダラの解説などをしている。
尾呂志アサギマダラとコスモスの会の努力と働きにより、開花するフジバカマの株数は年々増えてきているが、そもそもフジバカマを植え始めた初年度から、既にかなりの飛来数があったんだとか。
「アサギマダラにとって、山に囲まれていると同時に川もすぐ近くに流れるこの環境が良かったのかもしれません。強い日差しや雨に見舞われても、山に避難すれば身を守ることが出来ます。こうした畑の立地はアサギマダラの飛来数が増えた要因の一つだと思います。」
またフジバカマ園には、尾呂志アサギマダラとコスモスの会がお勧めする撮影スポットがある。尾呂志の山々を背景に、フジバカマ園を舞うアサギマダラを収めると感動的な一枚になる。
運が良ければ風伝おろしと一緒のアサギマダラも見られるかもしれない。
山田さんは興味のあることはとことん突き詰めるタイプだという。農家仲間でもある上之谷さんと廣野さんも舌を巻く程で、「山田さんには叶いません。花も野菜も、ゴルフの腕も(笑)」
3人に今後の目標をお伺いしてみた。
この3年間で開花するフジバカマの株数を順調に広げてきたが、今後はさらに増やしたいという。2023年は300株ほど花を付けたが、やはりどうしてもフジバカマの一定数は枯れてしまう。今度は枯れる株を減らしてより多くのアサギマダラを集めたい。そして多くのお客様に楽しんでもらいたいとのこと。力強く意気込みを語る3人の結束は固い。
目標達成に向け、尾呂志アサギマダラとコスモスの会は防虫対策をさらに徹底する方針だ。加えて、フジバカマ園を荒らすイノシシやモグラ対策を徹底したいとのこと。イノシシが餌になる虫などの生物を探して土を掘り起こしてしまうケースが少なくない。イノシシが活動する夜間、畑に入りにくくするための対策についても考えているという。
フジバカマの周りを飛び交うアサギマダラの姿が見られるであろう秋が今から待ち遠しい。
御浜町の秋の風物詩に、足を運んでみてはいかがだろうか。
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