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奥地孝弘さん(37歳)。御浜町阿田和地区に生まれ育った、生粋の御浜人。

平日は、新宮市にある自動車部品の販売会社で、フルタイムで働く会社員。
休日は、御浜町にあるマイヤーレモン農園で、アルバイトしながらマイヤーレモンづくりを学んでいる。

さらに、海からほど近い阿田和地区に自分自身の農園を持ち、レモンやライムの栽培・出荷も行っている。

三足のわらじを履きこなし、会社員と農業を両立しながら、三人のお子さんを育てるという、独自のライフスタイルを送る奥地さん。

御浜町ならではの暮らし方や働き方の魅力について、伺った。

複業のきっかけは、同年代の仲間

平日は、和歌山県新宮市にある、自動車部品を扱う会社で営業マンとして働く奥地さん。

奥地さんが複業というライフスタイルをはじめたのは、同年代の仲間の影響が大きいという。
中でも、神戸から移住してマイヤーレモン農家になった田中高美さんの存在は大きかった。

奥地さんはそれまで会社員一筋で暮らしていたが、田中さんや仲間の「絶対畑をやってみたらいいよ」という勧めもあり、5年前に自分の畑を立ち上げた。

現在は、週に1回、研修も兼ねて田中さんの農園の手伝いをしている。

「高美さんには、本当に沢山助けてもらってます。頭が上がらない(笑)」と奥地さん。

普段は気の置けない友人同士の二人だが、ことレモン栽培に関しては、敬意を込めて「親方」と呼ぶこともあるそうだ。

自然の中で、自分と向き合う時間

平日の会社員の仕事に加えて、休みの日には田中さんのマイヤーレモン農園での手伝い、そして自分の畑の運営を、同時にこなす奥地さん。

ほぼ休みらしい休みはなく、忙しく動き回る毎日。
体力・精神面で大変なことはないのかと尋ねると、こんな答えが返ってきた。

「それが、平気なんですよ。マグロのようにいつも動いていないと調子が狂ってしまう僕には、むしろすごく合う働き方だと思っています」

スーツを着て営業車に乗り働く姿と、農園で働く姿。それぞれ違う表情だが、どちらも生き生きとしているのが伝わってくる。

もともと、大阪で美容師として働いていた経験もあり、人と話すことが好きだという奥地さん。

自動車部品の会社員として客先に出向き、色んな人と関わり人を助ける仕事には、とてもやりがいを感じている。

そんな奥地さんにとって、農園で木々や果物と向き合う時間は、とても新鮮なものだったという。

畑では、一人で黙々と作業をする時間が圧倒的に多い。植物たちは言葉を発さないので、葉っぱの色や幹の様子、実のつき方を観察して、それに合わせて手を動かす。

「人と接することが好きな自分を活かせる会社の仕事と、自然に向き合って黙々と体を動かせる農園の仕事。自分にとってはどっちも大事ですけど、使っている部分がそれぞれ違います。

だからこそ、バランスが取れているんだと思います

働きながら息抜きする感覚

今回最初に取材に伺ったのは、奥地さんが手伝う田中さんのマイヤーレモン農園。

周囲を山にぐるりと囲まれた広い農園には、オレンジ色に近い実をつけたレモンの木が一面に広がっている。朝の太陽の光が暖かく、周囲には風の音や鳥の声が響く。

2月に取材に伺った、田中さんの農園のマイヤーレモン。収穫期も終盤を迎え、実はすっかり濃く色づいている。

「こうして自然の中で体を動かしていると、すごく気持ちがいいんですよ。

真剣に仕事をしているんだけど、同時にすごくリラックスして、すっきりするような感覚があるんです。

天気が悪くて畑に出られない日は、なんだか落ち着かなくて。

何もしないで家にいたら、逆に体調を崩してしまったこともあります(苦笑)」

そう語る奥地さんの笑顔は、エネルギーに満ち溢れている。

自分の畑を持つ苦労と楽しさ

田中さんの農園を後にして次に伺ったのは、奥地さんご本人が持つ農園。

阿田和地区に二箇所の農地があり、一方ではマイヤーレモンとライム、もう一方ではアボカドの栽培も行なっている。

2月中旬に伺った奥地さんご本人の農園。1年の作業のクライマックスとも言える、100本近いマイヤーレモンの収穫を終えた後だった。

5年前、100本の苗を買って植えたときには、膝くらいまでしかなかったマイヤーレモン。それが今では、奥地さんの背丈ほどの高さに成長した。

一昨年は400キロほどだった収穫量が、昨年は1トンにものぼったという。

奥地さんの農地の苗は成長が早く、親方の田中さんからは「奇跡の土地や!」と言われているのだとか。

順風満帆に見える奥地さんの農地。それでもやはり、大変さや難しさを感じることもあった。

特に畑を始めた当初は、1本数千円する苗や肥料をまとめて購入するなど、投資が多くて大変だったという。 

「真面目にやっていたら、必ず回収できるようになる」という先輩たちの言葉に支えられたが、やはり不安もあった。

また、虫の被害に悩まされることもある。大事に育ててきた苗がカミキリムシに食べられて枯れてしまうのは、悔しいと語る奥地さん。

それでもやはり、自分の農園を持つやりがいや楽しさは、その苦労に代え難いものがあるという。

「自分一人で黙々と向き合うからこそ、やったことが、まっすぐに結果として現れる。

そうやって徐々に成長していく自分の畑を見ているのが、本当に楽しいんですよ」

いいことづくめの働き方

「僕自身がこんなに楽しいので、他のみんなも、畑をやったらいいのに!と思います」と奥地さん。

自然と向き合って働く楽しさとやりがいは、これまで語って頂いた通り。

それだけでなく、収入面の幅が広がるのも重要なポイントだ。奥地さんは、小学生、中学生、高校生と三人のお子さんを育てる一家の大黒柱でもある。

変化が多い今の時代、未来を見据え、経済的なリスク分散ができるのは、会社員と農業を両立する大きなメリットといえるだろう。

奥地さんの妻である弘美(ひろみ)さんも影響され、昨年から、就農支援制度を活用して自分の畑を始めたという。

「会社員も農家を始めることは、いいことづくめだと思ってます。

僕のような働き方が、御浜町でもっと広まっていけば嬉しい

御浜だからできること

最後に、奥地さんのこれからの夢を聞いてみた。

「これからは、ライムやアボカドなど、珍しい果物にも力を入れていきたいです」

アボカドやライムは、日本で国産品が出回ることは少なく、需要も高いのだという。

「昨年自分の畑で初めて収穫できたアボカドを食べた時、そのあまりのおいしさに感激したんです。

このおいしさを、もっと知ってもらえたらいいなと思います」

海外原産の珍しい果物も、この御浜町の気候・風土でなら育てることができる。

その強みを生かして、さらに自分の畑を発展・成長させていきたい、と語る奥地さん。

その表情や言葉からは、奥地さんが、自分の農地を営むことを心の底から楽しんでいることが伝わってくる。

会社員と農業を両立し、人と関わる時間、自然の中に身を置く時間のバランスを取る。

それは、御浜町だからこそ実現できる、居心地の良いライフスタイルのひとつの形なのかもしれない。

(2022年2月取材 文・玉置 侑里子)