兵庫県からIターン/40代/レモン農家/5人家族
田中 高美さん
レモンの味を想像してみてください。唾液が出てきませんか?レモンは、すっぱい。でも実は、甘いレモンがあることをご存知ですか?
三重県御浜町は「年中みかんのとれるまち」として栄えてきた、みかんの産地。そんな場所で、レモン栽培に精を出す人がいる。田中() 高美(たなか たかみ)()さん、42歳。15年前に兵庫県からIターンで御浜町へ移住。レモン栽培を始めたのは、今から7年前。
「イチゴを知らない方はいないと思うので、同じようにマイヤーレモンを知らない方はいないようにしたい、というのが夢ですね!」
一体どんなきっかけが彼を、大きな夢を抱くレモン農家にさせたのだろう?
結婚を機に、奥様の地元である御浜町へ。移住して最初の7年ほどは、農業資材関係の会社で働いていた田中さん。農家の高齢化もあり、肥料の配達や機械の修理を通じて、農家とコミュニケーションをとる機会が多かったという。そんな中で「自分で作物をつくってみたい」と興味をもったことが、就農のきっかけとなった。
「みかん栽培が盛んな町というのは当然知っていました。ある時、みかんを作っているおばあちゃんが、『甘いレモンがあるんだぞ』と教えてくれて。それをいただいて、その時にレモンが甘いという衝撃と驚きがあって。それでレモンを作ってみたいな、というところから始まりました」
田中さんが食べたのは、ただのレモンではなく「マイヤーレモン」だった。マイヤーレモンとは、普通のレモンとオレンジの自然交配で生まれたレモンのこと。毎年10月から収穫が始まり、最初は緑色で酸味が強く、お酒との相性が抜群。12月以降の寒い時期になると、黄色みを帯びてくるにつれて酸が抜けて甘みが増していく。ケーキ・お菓子やジャムなどの加工品にぴったり。レモンの酸味とオレンジの甘みを両方味わえるのが特徴だ。また、普通のレモンと比べると果汁量が約1.5倍というのも魅力の一つ。
「みかんはみんながやっているので、やりたくないというのが正直あって。そういうところが昔から性格であるので、流れでレモンになりました(笑)」
あまのじゃくとも言える性格と、当時はまだ名の知られていない品種との出会い。その目新しさが、持ち前の好奇心を刺激した。
「マイヤーレモンを作ろう!」そう決意し、一歩を踏み出した田中さん。しかし当時、御浜町でマイヤーレモンを栽培している人は数えるほどしかいなかった。そこで「本場のレモン栽培を学んでからではないと前に進まない」と思い立ち、栽培方法を学びに年に数回、愛媛県と広島県に足を運んだ。当時から、レモンの産地と言えばその二県が有名どころ。現地で出会ったレモン農家とは、今でも相談ができる間柄だという。みかんとレモン。同じ柑橘でも、特性や栽培方法は少しずつ異なる。「虫と病気のちょっとした違いですね。レモンの場合はみかんで必要な摘果がなかったり、水をやる回数も少なかったり。そういう意味では、柑橘栽培の中でもレモンはハードルが低いと思います」
御浜町は、乾きやすい土壌と、温暖多雨な気候が合わさり、みかん作りに適した土地となっている。それは、レモンにも当てはまるのだろうか?「レモンに大事なのが、窒素という肥料分と水だと思っていて。水に関してはこの地方は日本で一、二を争うくらいの降雨量がある。気候も暖かい。マイヤーレモンの皮は薄いので、これ以上北に行くと寒波が来た時には厳しい地域もある。三重県南部のこの辺りが、マイヤーレモン作りに関しては恵まれていると思います」実際にマイヤーレモンは現在、三重県御浜町が日本一の生産量を誇っている。
田中さんが現在手掛けている作物は、マイヤーレモンを中心にアボカド、パパイヤ、ライムという、いかにも南国らしい組み合わせ。だがそのチョイスには理由があった。「アボカドは柑橘との相性がいい。広島県や愛媛県では、柑橘の遊休地や耕作放棄地の後にアボカドを植えられていて。パパイヤに関してもここ何年かで品種改良がおこなわれて、本州の上の方に栽培適地が広がってきたのもあって。新規就農の方を見ていて、みかんやレモンの苗を植えてから収入を得るまで5年以上はかかるので、その間にある程度の収入が入るような作物でお金を得られないかな、ということからパパイヤを始めました」
御浜町に来るまでは、神戸で鳶()職をしていた田中さん。趣味はサーフィンと、自分の知らない土地へ行って、知らない人に会いに行くこと。新しいものを見たり聞いたりすることが、ビジネスのアイデアに繋がることもあるそうだ。「鳶職は体力的、精神的にしんどかったんですけど、今の仕事はのびのびと楽しめています。前職では決まった時間に出勤・退勤を繰り返す毎日でした。農業は自分のテンポというか、何か予定があればそれに向けての段階を踏んで、無事終わったら休みをまとめて取れますし。何より自分の好きなことをできる時間が増えたのが大きいです。御浜町の暮らしは最高ですね!近所のおばちゃんがみかんとれたよ、野菜とれたよ、とおすそ分けしてくれるコミュニケーションもあります。この地域には祭りがたくさんあって、そういったコミュニティの中で、友達ができるのが楽しいですね」
田中さんは現在、平日は約4人、土日は約8人でレモン栽培を手掛けている。土日は兼業農家の友人が収穫を手伝いに来てくれるそうだ。始めは一人きりで始めたマイヤーレモン作りだったが、今となっては20人ほどのレモン作りの仲間ができた。周りの人が『僕も!私も!』と手を挙げて一緒にレモンを作るようになってくれたことが、マイヤーレモン作りをする中で感じる幸せだという。さらに、田中さんは「就農サポートリーダー」として、新規就農の研修生を受け入れる役割も担っている。指導者として、研修生に必ず伝えることがある。「僕の場合はまず一番に時間の使い方を教えます。僕自身が農閑期と農繁期をきっちり分けたいので、忙しいときはきっちりやって、時間がある時は自分の好きな時間に使うことをまずは教えたい。年間でも1か月でも1週間でも、1日でも。農業の時間の使い方を知ってほしいですね。『自分の思い通りに動くんだぞ』と。栽培は後からついてくるので」
レモン作りにおける農繁期は10月~2月、農閑期は3月~9月。農繁期は朝6時から夜までずっと収穫作業が続く。農閑期には肥料やりと農薬散布を行うため、畑を訪れるのは月に3~4回で、おおかた自由な時間ができるという。
みかんの町でレモン。一見すると、孤独な立ち位置。苦労話を聞くはずが、「農業をする中であまり苦労は感じない」そう、あっけらかんと話す田中さん。「完璧主義じゃないので。気候も毎年違うので、その年その年に対応できればいいのかな、と気楽な感じでやっています。楽しいのは収穫して出荷する時ですね。自分が作ったものが、まさかそんなに喜んでもらえるとは思わなかった。今、僕が作ったレモンを買ってくれている方を裏切らないことを大切にしています。物と物の関係ではなく人と人。レモンを通して信頼を積み重ねていきたいので、栽培の手抜きをしない。毎年、試行錯誤していいものを作ろうと思っています」
田中さんが栽培を始めた頃は、一般的にまだ「何それ?」というレベルの認知度だったマイヤーレモン。「自分で売っていかないといけない」というプレッシャーがあった。そのため、バイヤーが集まる業者向けのイベントにも営業に出かけるなど、地道な努力を重ねてきた。
「東京・大阪で、来場者数が10万人を越えるイベントを狙って出展してました。3m×3mのブースに緑のマイヤーレモンを全部転がして。普通にやっていたら大手のイベントブースには勝てないので、とにかく泥臭さを出して注目を集めました。そこでバイヤーの方と名刺を交換して、その後営業して頑張っていきました」
自分で作ったマイヤーレモンを、自分の手で売る。その販路をどのように切り開いてきたのかが、気になるところ。
「レモンを売りたい時に、まずはレモンを扱っていない業者さんを探します。競合がないので入りやすいから。スーパーと取引のある商社さんや、お菓子の原材料を加工する業者さんなどを当たります。そうすると、自分では直接アタックできないその先のお客様に、例えばスーパー、コンビニ、和菓子屋、飲料メーカーなど、業者の方を通して繋がることができます。マイヤーレモンを買ってもらえるだけでなく、自分のマイヤーレモンで商品を作ってもらう、自分にはない皆さんの販売ルートに乗せてもらう、という3つを得ることができる。一石二鳥という言葉があるんですけど、自分は一石三鳥にしたいというのがありますね」
なんと2020年には、大手コンビニチェーンで、マイヤーレモンを使ったスイーツが全国販売された。マイヤーレモンという名前を、多くの人に知ってもらうきっかけとなった。
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バイタリティー溢れる若き農家。バイヤーの心を惹きつけたのは、きっと商品の魅力だけではない。「御浜町は、『みかん』と『マイヤーレモン』。そんな風にみんなが言ってくれるようにしたいです!」
開拓者の挑戦は、まだ始まったばかり。農家としても、まだまだ道の途中だ。仲間たちと一緒に、これからも新しい風を起こしながら、御浜町の農業を盛り上げていくのだろう。
マイヤーレモンのように丸くなるのには、まだ早い。
田中さんの「たかみ農園」の公式ウェブサイトはこちら
(2021年10月取材 文・益田 奈央)
田中さんのストーリーを動画でもお楽しみください。
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