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「収穫期間中でも、半日の収穫作業で余裕を持って終われます。6反(60アール)くらいありますが残業もないですし。たぶん産地内で誰もいないと思います。今は、周りの人が驚くくらい効率良くやれてると自負してます」

御浜町の温州みかんの代名詞「味1号(超極早生温州みかん)」は、全国トップクラスの早さで収穫期を迎える。露地栽培の一番手で出荷期間が2週間程度と特に短く、本来ならば余裕を持った収穫作業など至難の業だ。

9月中旬に収穫が始まる「青切りみかん」と呼ばれる味1号(超極早生温州みかん)

驚きの収穫期を過ごすみかん農家、尾畑太企弘(おばた・たきひろ)さん(43歳)。奥さん、子どもたちと家族で御浜町へUターン移住し、みかん農家となって13年目になる。

祖父の代から続くみかん農家で、町内でも初期に味1号を栽培し始めた畑を引き継ぎ、独自の“工夫と改善”でみかん作りを進化させ続けている

畑は全体でおよそ2ヘクタール。味1号(超極早生温州みかん)のほか極早生温州みかん、マイヤーレモン、麗紅(れいこう)、カラなどを栽培。普段は尾畑さん夫婦とご両親の4人を中心に、収穫期にはみかんの採り手2人が加わり作業をしている。

青くても甘いみかん「味1号(超極早生温州みかん)」

「味1号(超極早生温州みかん)」とはJAの商標で品種はみえ紀南1号。みえ紀南1号は御浜町で生まれた﨑久保早生(さきくぼわせ)と生産のほとんどが御浜町という中晩柑類(ちゅうばんかんるい)のサマーフレッシュの掛け合わせ。御浜町で生まれた9月中旬に収穫が始まる青切りみかんで、「青いけれど甘い」と言われ市場でも人気が高い。

従来の極早生温州よりも商品力があり価格も高い。収穫期が早いので他産地のみかんが出回る前に出荷が始まり、つまり収入も早い。花が咲いてから4か月で収穫できて、台風などのリスクが少ない上に味の評価も高いなど、作り手にとって魅力が多い柑橘だ。「味1号(超極早生温州みかん)」は、御浜町の温暖多雨な気候と水はけの良いれき質の土壌が生み出した、新しい御浜町のみかんの代名詞だ。

そして、その中でも糖度10以上、酸度1.19以下(2022年度)、外観の美しさなど厳しい基準を満たしたものだけが、三重ブランド一番乗りのみかん「みえの一番星」として販売される。甘み・酸味はその年の気候に左右されるものだが、JAに出荷される中から基準をクリアするのはここ数年は全体の3割程度だという。

味1号(超極早生温州みかん)は、果皮は青いが中身は美味しそうに色づいている。爽やかな甘酸っぱさが夏の暑さの残る時期にぴったり

その中で、尾畑さんは、出荷する味1号(超極早生温州みかん)の約半分が「みえの一番星」と認められる優秀な作り手となっている。

「一番乗りのみかん」と呼ばれるブランドみかん「みえの一番星」

そんな尾畑さんもUターン当初は農業初心者。ゼロからのスタートだった。

1回バカになって言われた通りやってみる

尾畑さんが御浜町で過ごしたのは、実は中学3年生から高校卒業までの短い期間。卒業後、御浜町を出て進学し新潟県の会社に勤めていた。もともとUターンを考えていたわけではなかったが、子どもを持つようになり考えが変化してきた。自身が長男ということもあり、一番上のお子さんが小学校に上がるのに合わせて御浜町にUターン移住した。

そこにはみかん畑があり、祖父も父もみかん農家だった。
御浜町でやるならば農業、みかん作りしか考えられなかった」

Uターン移住をするならみかん農家になることを決めていた尾畑さん

当初は経済面でも生活環境や人間関係でも不安なことが当たり前、「考え過ぎず、やるしかない」とがむしゃらだった。

今の主力となっている味1号(超極早生温州みかん)とマイヤーレモンも、当時は苗木を植えてから4年程度とまだ樹が小さく、収量も多くなかった(柑橘類は苗木が育って収量が上がるのに約10年かかる)。その状況でいかに収入を上げていくかを考え、JAに出荷できないものなどは友人や親戚に直接販売した。そこで味や出来に対する感想を聞き取り翌年の栽培に活かしていった。

その時に出来ることを一つ一つ積み重ねて工夫を続け、植えた苗木が育って収量・収入の見通しが立つのに、3~4年はかかったという。

今年も無事に9月中旬の収穫を迎えた「味1号(超極早生温州みかん)」

いろいろな農家の先輩から声が掛かってお酒の席に呼ばれたり、JAの部会などで知り合いも増えて、同年代の農家仲間とも打ち解けていった。先輩には薬剤やマルチの敷き方など様々な話を自分から積極的に聞きに行き、みかん作りについて教わった。教えてもらったことは自身の畑で採用し、試行錯誤してきた。

先輩の話を聞く際のポイントは「難しいんですけど、“1回バカになって言われた通りやってみる”」ことだそう。

「私も全くゼロから始めているのに、やっぱりどこかに我があるんですよ。なかなか素直に聞き入れられなかったこともあったんですけど、ひとまずは聞き入れてみる方が前進しやすいのかなと思います」と、尾畑さんはこの姿勢を今も変わらずに持ち続けている

持続可能(サステナブル)な農業=省力化

尾畑さんがこだわるのは「省力化」

通常、収穫作業はみかんの大きさや色など、定められた出荷基準を満たしたものを選びながら採っていく。広い畑を回ってみかんを1個1個見て選びながら収穫し、数日後、残したみかんが大きくなって色が付いてきたら、また畑を回り収穫する。これを3回、4回と出荷期間中繰り返し行う。

尾畑さんはそれを成っているみかんは全部採れ」と言えるみかんにして、作業効率を上げる

きっかけは就農当初、収穫時に手伝ってもらっていた女性たちの平均年齢が60歳位だったこと。「10年後、20年後、このやり方を続けていたら先はないぞ」と実感した

当時の極早生みかんの収穫作業は、3、4人に丸1日手伝ってもらい、畑を3回、4回と回ってみかんを採っていた。とにかく大変な作業だったので、収穫作業を軽減するために考えつくことは全てやったという。

例えば、ハサミで採る人・カゴを担ぐ人、と作業を分けるだけでも互いの負担が減り効率が良くなった。畑を回る回数を1回でも減らそうと、みかんの大きさを揃えるための摘果作業はどんなことでも試した。他の農家の畑を見に行って話を聞き、品質向上や育成促進のため葉面散布する肥料などの試行錯誤を繰り返した。就農してから6年程は工夫に工夫を兼ねる日々だったという。

また、味1号(超極早生温州みかん)は花が咲いてから収穫までの期間が4か月。他の温州みかんであれば、同じ仕事を半年でやればいいものを4か月でやらなければいけない。短い時間の中で同じ仕事をこなすためにも省力化・効率化を目指している。

「今では、”誰でも”収穫できるようになりました。だからみかんを全く採ったことのない人に『みかん採りの手伝いに来ないか』と誘えるようになりました。それぐらいにしないといけない、というのは、前職の経験が生きてるかなと思います。工場での仕事は、誰でも作業できるように考え抜かなくてはいけなかったので」

前職でたたきこまれた「改善活動」を農作業に取り入れた

前職は工業系企業で製品開発に携わっていた尾畑さん。農業に関して思い込みやこだわりもなく「もっとこんなふうに省いてもええんちゃうの」と思い、素直に変化させてきた

工業の世界には、トヨタ生産方式と呼ばれるムダを徹底的に排除する生産方式や改善活動などがある。物の置き場所を変えただけで作業にかかる時間を減らすなど、小さな改善を重ねていくことで工場全体のコストダウンに繋げる。

「そういう『ちょっとした改善を重ねていきましょう』という話って、意外と農業の世界ではないなと思ったんですよ

自分の園地の事ですから、自分でこうしたら早くなるかな、楽になるかな、ということを一つ一つ積み重ねて考えていったら、意外とこれでやれるじゃん、ということがあった。

今、スマート農業ってよく聞きますけど、わりと設備とか環境を整えていこうというのが多いんですが、私が考える“スマート”農業は、いかに工夫するかってことの方が強い」

工夫と改善”を重ねた結果、収穫作業が丸1日から半日で終わるようになった

それぞれの農家でやっている工夫や改善点についての情報共有は、どんどんやっていった方がいい、とも話す。

尾畑さんのみかん作りでは、マルチ栽培や育てている品種の選び方自体も省力化の一役を買っている。作り易いものを中心に今のトレンドとして売れ筋を栽培。現在は味1号(超極早生温州みかん)とマイヤーレモンが2本柱となっている。

マルチ栽培によって評価をもらえるレベルの味を作ることができるので、“美味しく作ること”以外に摘果の工夫や肥料剤などについて考えられるようになった。そして育てるみかんは、より美しく大きさも揃うようになって収穫がしやすくなり、さらに省力化が進んだ。好循環で時間が生まれ、「これをやっておけば今は休める」という日も持てるようになった。みかん農家は生き物を育てているので休みは取りにくいが、今では時期によって1週間程度なら長期休暇もとれるようになったそうだ。

マルチシートを敷くことで安定して糖度の高いみかんを生産できるようになった

サラリーマンよりみかん農家がいい

「サラリーマンに戻りたいとは思わないですね(笑)。収入の面でもそうですが、自分で決めた時間で動ける―プラスの意味で自由業の良い部分を生かせるのであれば、僕は自営業の農業はいいかなと思います」

尾畑さん家族は4人でのUターンだったが、御浜町でさらに家族が増えて6人に。

自身も中学3年生の時に両親のUターンについて御浜町に来たが、その年齢で田舎の学校生活に馴染むのに苦労したこともあり、子どもに同じ思いをさせたくないと小学校入学に合わせて移住した。「僕にはなかった幼馴染の友達ができて良かったと思います」

「妻は移住・就農に関して言いたいこともあったと思いますが、何にも言いませんでしたね。えらいと思います」

家事は、尾畑さんも食事の準備など手伝ってはいるが、農家の手伝いをしながら4人の子育てをする奥さんはてんてこ舞い。
「本当に大変だなと思います(苦笑)。」と尾畑さんは頭を掻いたが、家族のことを話す様子は温かい。夫婦2人で子どもたちが健やかに育つ家庭を築いていることを感じさせた。

小学校では、子供の柑橘学習の指導を10年以上続けている。

産地だからか、児童には“みかん好き”が多い。

「これからみかん作りに興味を持ってくれる子どもたちが、学年で1、2人出てきてくれると嬉しい」と笑みを深めた。

ところで、みかん農家で6人家族を養えるのかも気になるところ。

尾畑さんは現在自分たち家族の生活に加え、お子さんの専門学校の学費・生活費をローンなしで支えている。当初はがむしゃらに働いていたが、今は働くこと・プライベート・収入のワークライフバランスが取れていて、サラリーマンの頃より満足感があるそうだ。

味1号(超極早生温州みかん)を9月の定番に

もともと広く“コタツにみかん”というイメージがある上で、御浜町産のみかんは9月に食べられるということに付加価値があるが、尾畑さんは

みかんというのは日本人にとって最もポピュラーなフルーツだと思うんですよ。だから最も手に取りやすいものであって欲しいんです。高級で価値があると信じて作っているし、高く売れたら儲かりますからもちろん嬉しいですけど、一番ポピュラーであるというところは譲りたくないですね」と話す。

御浜町のみかんの代名詞「青切りみかん」を秋の定番に

「味1号(超極早生温州みかん)は定番の“コタツにみかん”より実際はいいお値段です。ただそこでちゃんと農家は農家としていろんな工夫をして、取れるお金の中で自分が食えるという線を見出す努力も必要です。何でも高く売ればいい訳じゃないですし。人に喜んでいただきながら自分も喜ぶということは産業の基本かな、と思いますから。これからもそれは追及していきたいと思います。御浜町から生まれた味1号(超極早生温州みかん)、みえの一番星が9月のフルーツの定番となるよう、これからも頑張っていきたい」

人と暮らす、みかんと暮らす

御浜町は田舎なのできらびやかな所や遊びの環境はほとんどない。

ただ、豊かな自然の中、静かな環境で仕事ができるというのは魅力ではないだろうか。ときおり都会に出張に行くのも楽しみの一つになる。

新たに就農する人には、自分が農家の先輩方から声を掛けてもらったように歓迎したい、と尾畑さんは話す。

「飲みに来なよ。バーベキューするから」

田舎は人と暮らすものと思ってますから。都会は街と暮らす環境ですけど、田舎は人と暮らす環境ですから、そこは大事に大切にしていきたいなと思います。小さな町・小さな産地ではありますが、一緒に人に喜ばれるみかん作りをしてくださる方をお待ちしています」

今日も尾畑さんは青い海を望む丘の上で、みかんの声に耳を傾ける。

(2022年9月取材)

▼尾畑さんの物語を、動画でもお楽しみください!