兵庫県からIターン/30代/新規就農研修/単身
宮部 真衣さん
三重県南部、人口約8,000人の小さな町、御浜町は「年中みかんのとれるまち」として知られている。本州最南端に近く、温暖多雨な気候と柑橘栽培に適した礫質(れきしつ)の土壌を活かし、年間を通して様々な種類の柑橘栽培が盛んな町だ。
近年、御浜町は「持続可能なみかんの産地」を目指し、日本中からみかん農家の担い手を受け入れている。そんな御浜町に惹かれ、新規就農を決意し、農業法人で研修1年目の移住者に話を聞いた。
彼女の人生の分岐点は、前兆もなく、突然目の前にやって来た。
兵庫県丹波篠山市出身の34歳、宮部真衣(みやべまい)さん。
みかん農家になることを目指して、2023年3月に兵庫県加古川市から三重県御浜町に移住。4月から始まった研修が約半年経過した彼女に、話を聞いた。
「突然やってきたコロナ禍が、これからの人生を考えるキッカケでした。」
以前は兵庫県でアクセサリーの販売をしていたという宮部さん。
「自分の力で稼ぐことができるのは何だろう?」と考えていた時に目に留まったのが “農業” だった。
「農業だと定年は関係なく、元気な体さえあれば、60歳はもちろん70歳まで仕事ができるのを魅力に感じました」
宮部さんが研修を受けているのは、御浜町の農業法人「株式会社オレンジアグリ」。
JAの子会社である同法人では、役場の農林水産課とも連携して、新規就農希望者を研修生として受け入れ、農家として独立開業するために必要な栽培技術などを実践的に教えてくれる。
「私はみかんが好きで、柑橘栽培のできる所を地元で探したのですが、見つからなくて。」
地元ではぶどう栽培のできる環境があり、最初はぶどう栽培の体験を半年程したという。ところが、「ぶどうは棚で栽培するのですが、棚だと上を向いての作業になるので、首に負担がかかり体力的に難しいかな、と。それと『初期投資が思ったより必要』なことが分かって…」
新規就農された先輩に話を伺うと、最初から何を作るのかを決めている人を除けば、どの作物を作るのか、理由はシンプルなものだ。「自分が好きなもの、流行っているもの、儲かりそうなもの。」農業を “長くできる仕事” だと捉え、それならば、“自分の好きなもの” を仕事にしてみようと考える人が多い印象。
そして、農業を始める際にもう一つ重要な点が “初期投資” にどれ位かかるのかという点。
ある程度の貯蓄がある人達以外は、特に若者にとっては、大きな初期投資が必要な作物には手を出したくても出せない事情が見え隠れする。
そんな様々な事情で、宮部さんは地元での就農は諦めシフト変更。地元以外で柑橘栽培のできる場所を探し始めた。
「色々な場所と言う程でもないですが、兵庫の人からしたらみかんで有名な産地、例えば和歌山県、愛媛県は見てきました」という彼女。
どうして、紀伊半島の反対側、三重県御浜町でみかん農家になることを最終的に選んだのだろうか。
「御浜町のことは知らなかったのですが、『青を編む』というウェブサイトで御浜町のことを知って」と教えてくれた。
御浜町では、“持続可能なみかんの産地”を目指して、タウンプロモーションサイト「青を編む」を2022年3月に公開。XやYouTubeなどを使ったプロモーションに力を入れ、柑橘農業の担い手を広く募集したことで、1年間で全国各地から9名の新規就農希望者が、みかん農家としての独立開業を目指し研修を開始した。
「御浜町のYouTubeも見ましたし、御浜町に移住されて農家になられた方のインタビューなども見させていただきました。『年中みかんのとれるまち』という町のキャッチフレーズにも興味を持ちました」
三重県御浜町は、温暖多雨な気候、柑橘栽培に適した乾きやすい礫質の土壌などの特徴を活かし、古くから年間を通して様々な種類の柑橘類が栽培され、東海地方を中心にみかんの産地として知られている。
たまたま検索結果で見つけた御浜町は、関西出身の宮部さんの頭にはなかった産地。興味を持ってすぐに役場に連絡し、御浜町を訪れた。
2022年の9月に初めて訪問した際には、実際に複数の農家さんの話を聞くことができた。
11月に大阪で行われた就農フェアにも足を運び、単身で移住しみかん農家になった方の話や、補助金制度などについて具体的な話を聞いた。
「実際に訪れてみて、町の雰囲気や景色。海のきれいさには本当に驚きました」
南国のような暖かい気候と雰囲気、美しい海の側での暮らしに惹かれ、農業を次の仕事として考え始めて約8ヶ月。この町への移住と就農を決意した。
「初めて御浜町に来てから、結構早かったですね。2、3ヶ月で決めました」
その後も住宅の下見などで何度か訪問していくうちに、この町での暮らし、みかん農家になるイメージが見えてきた。
「みかんと葡萄が全然違うのは感じました。やっぱり、みかんは『初期投資が少ない』のも魅力で、新規就農者にとっては農業を始めやすく、私には合ってるのかなと思いました。」
柑橘栽培は、稲作で必要な田植え機やコンバイン、いちごなどで必要なビニールハウスと比べて比較的初期投資が少なく済む。例えば、必要最低限の大きなものを揃えるとして、軽トラック、動力噴霧器(みかんの木を消毒する際に使用)、タンク(薬剤をいれる液体用の大きなタンク)などがあればとりあえずは始めらる。その後、「毎年儲かった分で必要だと考えるその他の機器(たとえば選果機など)に投資していく」と、移住してきた先輩農家さんが教えてくれた。柑橘栽培は、初期投資が少ない分、若者などにも始めやすい作物だった。
「年間を通して様々なみかんを栽培することができることで、1人で農業をやっていく上で必要な労力分散、リスク分散、収入の分散などができるところにも魅力を感じました。」
町では、1年を通して、様々な柑橘類を栽培することを推奨している。収穫時期=繁忙期になるので、様々な種類の柑橘類を栽培することで、収穫時期をずらして、作業労力を分散することができるのだ。また、自然災害、病害虫などのリスク分散をはじめ、お米などと違い年間を通して収入分散ができるようになる。
「他の産地では、農地が段々畑で横が崖だったり、トロッコで収穫したみかんを運んだり大変そうだなと思ったんですが、御浜町は比較的平坦な農地が多くて、作業の体力的負担が少ないのも魅力的で、この町であれば、長く、年をとってもみかん作りを続けられるかなと思っています。」
研修は基本的に1年間。希望すれば、2年間に延長することもできる。研修先は、農協が運営する農業法人「株式会社オレンジアグリ」や三重県のサポートリーダーに登録されている現役みかん農家の元で行われる。
彼女の研修先のオレンジアグリでは、合計4名(移住者3名)の方々が2023年4月から研修を開始した。
ちなみに、研修生の間給料はもらえないが、条件はあるが審査をクリアすれば、研修期間中に補助金を受け取ることができ、その補助金を生活費などに充てることができる。補助では不十分な場合、また補助が受けられない場合も考え、研修前・就農前にある程度貯蓄をしておく必要がある。
「オレンジアグリの研修生は、女性は私だけで、30代、40代、50代の方々と一緒に研修しています」
取材時は研修を開始して半年が過ぎた頃で、温州みかんの収穫の最盛期を迎えていた。
「4月から研修を始めて、初めの数ヶ月の主な作業は樹の消毒や摘果(みかんの実を落とす作業)、そして9月から収穫作業が始まりました。」
オレンジアグリでの研修生の就業時間は、基本的には朝8時〜午後5時まで、土日は休みと、会社員スタイルだ。ただし、
「9月に超極早生温州みかんの収穫が始まり、一気に繁忙期に入り、土日出勤などが重なり休みがとれない期間もありました」
と、正直大変だったという実りの秋の期間を振り返る。
9月中旬〜下旬の期間、本州で最も早く超極早生温州みかん「味一号」を市場に出荷できる産地、三重南紀。この時期から11月頃まで、御浜町のみかん農家たちは目が回るほどの忙しい日々を送る。
ここまで約半年間の研修の中で大変だったことは?と尋ねると、
「夏の暑さには驚き、消毒作業はカッパを着て行うため、大変だった」と教えてくれた。
避けられない夏の暑さをどう乗り越えていくのかも課題だ。
夏の間は、辺りが明るくなる前の早朝から作業を開始して、暑さが最も過酷な時間の昼は作業を休み、暑さが落ち着く夕方前から再び作業するなど、工夫をしている農家が多い。
「9月上旬から超極早生温州みかん「味一号」の収穫が始まって、9月末からは極早生温州みかん、10月下旬からは早生温州みかん、そして12月下旬まで温州みかんの収穫が続きます」
収穫作業で女性として大変な作業はありますか?と聞くと、
「収穫したみかんが入っているコンテナが1つあたり15kgほどあり、軽トラに積み込む作業が思ったより大変で、重くて3段目に積むことができない時もあります」と笑いながら話してくれた。
みかん農家にとって、最も忙しい時期を初めて経験している彼女に、「農業を辞めたくなりましたか?」と意地悪な質問をしてみた。
「暑いですし、力仕事もあって大変な仕事ですが、私はすごく好きですね。自然に囲まれて仕事ができて、だんだん大きくなったり、だんだんと色づいていくみかんを見るのが、今はすごく楽しいです」
想像していた答えとは少し違うことに戸惑いながらも、彼女の強さに驚かされた。
そんな彼女に、続けて “農業のやりがい” を聞いてみた。
「今は収穫作業の時期なんですが、前までは、正直、訳も分からずみかんの木の消毒や摘果をしていたんです。それが今では、こんなに美味しいみかんを作るためだったんだなと。ビックリしました」
1年間の研修が終わる2024年4月から、みかん農家としての独立開業を目指す宮部さん。
「今は、農林水産課の担当者に独立後の農地を探して頂いたり、オレンジアグリの方でも所有する農地を譲ってもらう話も頂いています」
御浜町では、新規就農者にできる限りスムーズに独立開業してもらうために、町独自のフォロー体制の整備を進めている。
引退される農家さんの農地を新規就農者などに受け渡すための「農地バンク」、使われなくなった農機具を新規就農者などに譲るための「農機具バンク」、収穫時期の人手不足の解消を狙った「温州みかんの収穫時期に限定した役場職員の副業制度」、主に新規就農者を対象とした栽培技術などを座学で学ぶことができる「みかん講座」など、町をあげて、農家をフォローする体制を整え出している。
「みかん講座は、みかんの勉強会なんですが、御浜町に特化したみかんがおいしくなる土壌の作り方だったり、みかんの樹の性質、病害虫に関して学んだり。月2回程度開催されています」
実地でみかん作りの研修を受けながら、座学として学ぶことについて聞いてみると、
「非常に役立つと思います。実地でやってるだけでは、 “なんとなく” 作業を進めていってしまいますが、みかん講座で学んだ作業を畑で実際にやることがよくあるので、改めて、”このためにこの作業” をやっていたんだとか、”こういうことが大切” だったんだということがよく分かります」
近年、全国的なみかん農家の減少に伴い生産量が減少している一方、価格が以前よりも高値で安定している。
御浜町のあるJA三重南紀では、付加価値の高い品種の開発に長年取り組んできた結果、温暖多雨な気候と礫質の土壌など、独特な地理的条件を活かし、全国的にも珍しい、9月中旬に出荷することのできる超極早生温州みかん「味一号」を誕生させた。
「味一号の存在は御浜町に来るまで知らなかったです。9月からみかんがとれることを御浜町に来てから知りました。見た目は青いみかんで、本当に食べられるの?と最初は思いましたが、食べてみたら、思っていたよりも甘くて、中はオレンジ色で本当に感動したのを覚えています」
9月中旬の暑さの残る季節に出荷される青い温州みかん。さっぱりとした酸味と甘味の絶妙なバランスが最高なこのみかん、この時期に御浜町ほど糖度の高いみかんを作ることが、他産地では気候と土壌の関係から栽培条件的に難しく、近年、付加価値の高い温州みかんとして注目され、他産地が追随できない商品として栽培が奨励されている。
「9月中旬にとれるみかんは、他では聞いたこともなかったので、それは自分の中では大きかったですね。それに、味一号だけではなくて、中晩柑。甘夏、サマーフレッシュ、せとかなどを作れるところにも魅力を感じました」
「普通のサラリーマンの年収を目標にできたらいいなと思っています」
御浜町では、1人で農業をされる農家の経営モデルを作成し、年所得400万円を目安に、必要な農地の面積、作業労力を分散するための時期をずらした栽培品種の構成などを公開している。
「御浜町での暮らしは車さえあれば不便はないですね。普段の買い物も車で5分位でスーパーに行けますし、20分位で新宮方面(和歌山県)に行けば、ショッピングセンターや大きなホームセンターなどもありますし」
車さえ運転できれば、御浜町には数店のスーパーや、コンビニ、ドラッグストアなどがあり、日常の買い物で困ったという類の話はほとんど耳にしない。
「私は犬を飼っているので、車ですぐにきれいな海に行くことができて、犬の散歩をしたり、犬と一緒に海を眺めて癒されています」
「移住ってなるとハードルは高いと思うんですけど、一番助けられたのが、御浜町の人の『温かさ』、『優しさ』ですね」
「これに困ってるんですって言うと、すぐに助けてくれる人が本当に多くて。たくさん助けられたので、御浜町に移住を考えている人だったり、みかん農家をやりたいって思ってる方がおられるのでしたら、御浜町はオススメします!」
そう語る彼女は、感謝に満ちた表情を、そして4月の独立就農に向け、たくましく突き進む自分の自信に満ちた表情をしていた。
(2023年10月 取材)
▼宮部さんの物語を、動画でもお楽しみください!
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三重県御浜町では、みかん産地を持続可能なものとするために様々な取り組みを行なっており、新規就農希望者へのサポートも注力しています。希望内容・移住時期など、お一人おひとりの状況に合わせた対応をしています。
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