みかんに適した風土と奇跡のみかんを生み出す産地、御浜町
御浜町のみかん
太陽の陽をたっぷりと浴びて育つ「みかん」。温暖な気候がその生育条件であることから、関東から西側の沿岸部の地域で栽培されています。
本記事では、日本で有名なみかんの産地と、知る人ぞ知る『年中みかんのとれるまち 御浜町』のみかん産地としての魅力についてご紹介していきます。
美味しいみかんを栽培する条件は、
1. 冬の最低気温が氷点下5度以上であること
2. 年間の平均気温が15℃以上あること
の2つ。
また、8月~10月の日照時間が長いことも美味しいみかんを作るためのポイント。そのため、温州みかんは主に関東より西側の沿岸地域で栽培されています。
2022年5月18日に農林水産省が発表したデータによると、2021年にみかんの収穫量が多かったのは和歌山県・愛媛県・静岡県・熊本県・長崎県の順で、この5県で国内の収穫量の約70%を占めています。
みかんの収穫量1位の和歌山県は、徳川将軍家御用達のみかんとしても知られる、みかん栽培に長い歴史のある地。江戸時代に紀伊國屋文左衛門が船でみかんを運んだことで有名ですが、この当時のみかんは小ぶりの紀州みかんだったとされています。現在、和歌山県の代表的なみかんは温州みかんで、有田みかんが産地ブランドとして有名です。甘みと酸味のバランスがいいのが特徴です。
生産量が和歌山県に次いで多いのが愛媛県です。「愛媛といえばみかん」をイメージする方も多いと思いますが、瀬戸内海に面し、温暖な気候の愛媛県では、温州みかんをはじめ、さまざまな柑橘類が生産されています。太陽からふりそそぐ光と石垣からの照り返し(輻射熱)、そして海からの反射光と「3つの太陽」に育てられる愛媛のみかんは、コクのある甘味が特徴です。
みかんの生産量第3位の静岡県では、「青島温州」をはじめ、さまざまな品種が育てられています。青島温州は普通の温州みかんよりも一回り大きく、平たい形をしているのが特徴です。また、貯蔵することによって水分と酸味が抜けて味が濃厚になるみかんとして知られています。
現在、みかんの露地栽培の北限は茨城県日立市。そして、前述したように、全体の約70%が和歌山県・愛媛県・静岡県・熊本県・長崎県で栽培されていますが、三重県南部に位置する御浜町は、「年中みかんのとれるまち」をキャッチフレーズに掲げる、知る人ぞ知るみかんの産地なのです。
御浜町は、太平洋は熊野灘に面し、年間平均気温が17.6℃と温暖な気候に恵まれた土地。石ころが多く、降った雨が必要以上にとどまらない礫質の土壌のため、年間降水量は2,300ミリと他の産地に比べて年間雨量は多いものの、みかんの木が余分な水分を吸収しないため、甘いみかんを作ることができます。
また、礫質の土壌は保温性にも優れていて昼間の地熱を蓄えるため、夜まで地温が下がりません。昼夜の温暖差がない、まさに柑橘類の栽培に適した土地なのです。
さらに、みかんというと段々畑で栽培されている風景を思い浮かべる方が多いと思いますが、御浜町は段々畑が少なく、緩やかな斜面や平らな土地でみかん作りがされている町。他の産地に比べると、信じられない環境です。平らな土地や緩やかな斜面で作ることで、体への作業負担が少ないのも大きな特徴です。
御浜町におけるみかん栽培について記載されている文献で一番古いのは、約300年前のもの。1,750年(寛永3年)ごろの御浜町にタチバナが自生していた、という記述が残されています。このタチバナは、みかんと同じく温暖な気候と水はけのよい土壌で育つ植物であることから、約300年前にはみかん栽培に適した土地であった、といえるでしょう。
幕末になって、和歌山県から八代みかんや紀州みかんという温州みかんに近いみかんが伝わり、みかん栽培が開始。昭和12年には温州みかん200トン、夏みかん750トンを生産しました。昭和16年に勃発した太平洋戦争の為、みかんづくりは一時後退を余儀なくされましたが、終戦後わずか数年で戦前の状態に戻るとともに、柑橘栽培研究所の結成でみかん栽培の取り組みが加速していきます。
昭和50年に国営農地開発事業、別名、パイロットファーム事業が開始されたことで、温州みかんに加えてサマーフレッシュやカラマンダリン、甘夏などの栽培が始まります。また、みかんの輸送のために道路状況が改善され、道路の両側にみかん畑が広がる「オレンジロード」が誕生しました。
御浜町と熊野市、紀宝町という三重県最南端の南紀で育てられているみかんの中で、三重ブランドとして認定されている「南紀みかん」。この「南紀みかん」には、「秋みかん」と「春みかん」の2種類があります。
「秋みかん」は、9月中旬から出荷が始まる『超極早生温州みかん』と10月頃から出荷が始まる『早生温州みかん』の2つ。
「春みかん」は3月下旬〜4月中旬に出荷される『カラ』です。
JA伊勢みえ南紀地区では「三重南紀みかん」のブランドとして、中京圏を中心にスーパーなどへ出荷されています。
「秋みかん」は、白いマルチシートで地表を覆って雨水を遮断することで土壌の水分をコントロールすることで糖度が高く、酸味はそれほど強くない味わいに。一方の「春みかん」は、マルチシートを敷かずに豊富な雨水をたっぷりと吸わせることで酸味を抜き、濃厚な甘さとほどよい酸味を楽しめるみかんです。
現在、御浜町の特産品として知られているのが「味一号(みえ紀南1号)」です。味一号は、昭和40年ごろに御浜町でみかん栽培を営んでいた崎久保春男さんが発見した「崎久保早生」よりも1~2週間早く収穫できる品種で、9月中旬、一般的な極早生温州みかんより早い時期に収穫が始まります。
本州で一番早い時期に収穫されることから、「超・極早生みかん」とも呼ばれる味一号。
御浜町では「青切りみかん」として親しまれています。果皮が青く未熟に見えるのですが、果肉は鮮やかなオレンジ色をしていて、甘味とすっきりした酸味のバランスが良いのが特徴です。
約3週間ほどしか流通しない期間限定のプレミアムなみかんですが、この味一号の中でも外観や糖度・酸度の基準を満たしているものが「みえの一番星」という名で出荷されます。
温暖多雨な気候と水はけのよい土壌に恵まれた町、御浜町。みかん栽培に町をあげて取り組んできた歴史から、本州で一番早い時期に出荷される品種を生み出すなど、「年中みかんのとれるまち」というキャッチコピーのとおり、さまざまな種類の柑橘類が1年を通して収穫されています。
そんな御浜町でも、少子高齢化の影響で生産者が減少しているという問題を抱えています。この問題を解決するため、御浜町では産地ならではのサポートでみかん農家を目指す人を応援しています。
就農フェアではもちろんですが、御浜町役場農林水産課では、いつでも検討者の個別相談を受け付けています。就農体験などによって実際に御浜でのみかん作り・暮らしに触れていただいた上で、みかん農家の元で1〜2年の研修を受けていただき、独立就農をされる方が多いです。
事前の専門的な知識はいりません。これまで農業をやったことがなくても研修でしっかり身につけていただけるので、UターンはもちろんIターンでみかん農家になりたいという方にとっても、手厚い制度が整っている産地です。
前述したように、御浜町でも農業人口の減少が問題となっていますが、就農フェアや就農体験などの仕組み以外に、スマート農業の導入を進めています。例えば、みかん栽培で重要なことの1つに「水やりのタイミング」がありますが、御浜町ではAIで木の水分量を測る実験が行われています。
これは、県農業研究所紀南果樹研究室が鳥羽商船高等専門学校と共同で研究を進めているもの。みかんの木の画像と葉の水分量を観測したデータをAIに学習させて、画像から木の水分量を予測する仕組みです。
水やりは実の硬さや大きさ、木の成長にも関わる重要な要素なので、経験の浅い人でもタイミングを間違うことなく水やりをすることができるとしてこのAIの実用化が期待されています。また、県紀州地域農業改良普及センターとJA伊勢三重南紀は、みかん農家の畑の面積や品種、気象データや生育、出荷状況や作業記録をデジタル化。
品質の向上や生産量を予測し、販売戦略への活用が期待されています。スマート農業を取り入れて、農業を担う人の負担を軽減する取り組みが進められているのです。
(掲載情報:2023年4月24日時点)
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