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 本州のほぼ最南端、紀伊半島の海と山に抱かれた三重県・御浜町。温暖な気候と豊かな自然に恵まれた、人口約7,700人の町。その小さな町に、「みかん農家になりたい」という夢と希望を持った人々が全国各地から集まっています。

御浜町は、持続可能な産地を目指し、みかん農家の新しい担い手育成プロジェクト「みかん、やったらええやん」を2021年に開始。

新たなみかん農家を本気で育てようとする小さな町の大きな決意は、新規就農希望者の挑戦を応援し、人生の新たな一歩を踏み出す人たちを支える。

新しい挑戦を、ここ御浜町で始めてみませんか? 

もっと自由に、もっと楽しく。


 2024年3月に兵庫県明石市から三重県御浜町へ移住し、1年間の研修を経て、2025年4月に独立就農した多々納康志(たたの やすし)さん、54歳。前職は医薬品関連の商社に勤めていて、中間管理職として、ストレスがないとは言えない日々を過ごしていた。 

「サラリーマン生活も30年の節目を迎え、“このままでいいのか?”って思いが強くなっていました。もっと自由に、楽しく生きたいなって」 

元々、山を1人で切り開いて生きていくようなワイルドな生活、自給自足みたいなものに憧れもあり、キャンプも好きで、「田舎暮らし」、「移住」という言葉が気になり始めた頃、偶然出会ったのが御浜町だったという。 

「YouTubeでたまたま町の紹介動画を見たんですよ。ピーヒョロロって鳴きながら、トンビが自由そうに青空を飛んでいて、山の合間から海が見えて。それを見た時に…なんというか、グッと心を掴まれたんです」

「これやな」と思えた。小さな出会いと大きな決断 

そんな出会いに運命を感じ、2022年11月、旅行を兼ねて初めて御浜町を訪れた。 

「初日は雨だったんですが、翌日には青空が広がって、青い海と山のある風景にすっかり魅せられました。ちょうどその日に、役場で移住とみかん農業について、話を聞いたんです。そこで初めて、“移住先の仕事”として“みかん農家”を意識するようになりました」 

そうして、町役場からの勧めもあり、

「移住は考えていたんですけど、“移住先の仕事”とか、“農業”や“農家”というのは、あまり頭になかったんですけど、とりあえず、体験してみようかなっていう感じでした」

その半年後の2023年5月に農業体験に参加し、これが大きな転機となる。 

「あのとき、“あ、これやな”って。僕もやってええんやな、って思ったんです。その日はすごく天気も良くて、青空の下で、たわわに実るみかんを収穫していた時に、“やっぱこれやな”って。自分の中では、半分くらい決まりました」


体験後、兵庫に戻り、翌月には会社に“来年3月で退職します”と伝えたと言う。


「決め手は、“精神的な豊かさ”ですね。自然の中で体を動かして働いて、気づけば夕方になっている。一日の終わりに、達成感を感じられる暮らしがしたいと思ったんです」 

退職の意向を伝えると周囲は心配していたというが、

「自分もそうだったんですけど、会社の人も農家をやることの想像ができなかったんだと思います。『生活は大丈夫なん?』みたいな声も多かったですけど、当時は、“精神的な豊かさ”を手にいれることを優先し始めている時で、周囲の声はあまり気にならなかったですね」

子どものころに住んでいた団地に、芝生の小高い丘みたいなのがあり、そこで芝生の匂いを感じながら寝転がって青空を流れる雲を眺めるのが好きだったという多々納さん。

自然の中で仕事をする“農業”という生き方を選んだのは、当然の流れだったのかもしれない。 

サラリーマンに終止符を

サラリーマンに区切りをつけたいと思う大きなキッカケは何だったのだろうか?

「管理職になったタイミングで、現場を離れて、マネジメント業務が主な仕事になったことです」と教えてくれた。

「大きな会社の管理職で、上司と部下の間で板挟みで、人間関係が複雑に絡み合っていて、それを調整する役割をしてたんですけど、“俺、何やってるんやろう?”って感じてました。でも、お金はもらってるし、そんな仕事もやらないわけにはいかない。

一方で、子供も手を離れ、親としての責任を果たしたと感じていたので、思い切ってサラリーマンに区切りをつけられたのかなと思います」

「移住するにしても、サラリーマンになることは全く考えていませんでした。そこで、きちんとみかんさえ作れば、すぐには難しくても、生活していくだけの収入を得ることができることを知れたことは大きかったですね」

なぜ、みかん?御浜町?有名産地ではなく、ここを選んだ理由 

御浜町でみかん農家になることを決断するには、みかん農業の初期投資の少なさも魅力的だったと教えてくれた。

「他の作物だとビニールハウスを作ってとなると、初期投資が数千万円かかるし、すぐには収入にはならないと言う話も聞いていて、初期投資が少なく済むみかんは、“やりやすそう”、“ハードルが低そう”。自分にみかんはぴったりやなと」

「人それぞれですけど、最低限、軽トラ、タンク、動力噴霧器(農薬などを撒く機械)などがあれば始められますし、その他小さい農機具などを入れても、200万円もあれば、とりあえず、みかんは始めることができます」

愛媛県も訪れたが、最終的に御浜町を選んだのには明確な理由があった。 

「他の産地だと、段々畑が多くて。年齢を考えると、体力的にずっと続けるのは厳しいかなと。その点、御浜町の農地は傾斜が緩やかで比較的平坦。ここなら無理なく、歳をとっても長く農業を続けられると思ったんです」

もう一つ、みかんの産地としては全国的には無名に近い御浜町を選んだ理由が、

御浜町の特産品でもある味一号(超極早生温州みかん)の存在。

「YouTubeの動画を通して“味一号”の存在を知ったんですけど、全国的にも早い時期の9月に出荷できる。そして、その青い見た目に関わらず、“美味しい”。他の産地では真似のできない商品があることは、農業経営をしていく上で頼もしいですし、強みになると感じました」

「和歌山の有田とか全国的に有名な産地もあるんですけど、御浜町のように全国的に知られてないような所でみかん農家になって、“味一号”を作って多くの人に御浜町の名前を知ってもらう。実際に会社の人も有田のことは知っていても、御浜町の名前は誰も知りませんでした。

まだまだ力になれる自信はないですが、高齢化でみかん農家が減少している中で、“まちおこし”じゃないですけど、みかん作りを通して、その一端を担うことができれば、ここに来た意味があるのかなと思います」

師匠との出会い

御浜町では、1〜2年間の就農研修を経て独立するシステムがきちんと整備されており、その際、株式会社オレンジアグリ(法人)か、三重県の就農サポートリーダーである個人農家の下での研修、どちらかを希望に応じて選ぶことができる。

「他の人はどうかわからないですけど、役場の方にどちらがいいですかって聞かれたんですよ。オレンジアグリは土日休みですけど、個人農家は暦通りってわけには行かないって言われて、すごく悩みました。でも農家で生きるって決めたんやったら、土日休みってどうやねんって思って」

悩んだ末、サポートリーダーの下での1年間の研修を選んだ。

*「三重県の就農サポートリーダー制度」とは?
就農希望者に対して、技術の習得のための実務研修や、就農等に必要な農地の確保など、地域と連携して総合的にサポートする農業者(農家)の登録制度で、登録した農業者が研修生などの受け入れを行っている。

そして、2024年4月。

「師匠である高岡さんの下での研修が始まったんですけど、2日目くらいで、“無理かも”って正直思いました(苦笑)。とにかく慣れるまでは体が本当にきつかったですね」

それでも、研修が始まった4月、5月頃は、振り返ると比較的ゆっくりしていたと言う。剪定、肥料やり、防除(消毒)、摘果などの季節ごとに必要な作業を少しずつ覚えていった。

防除作業

「9月に本格的な収穫シーズンになって、味一号の収穫が始まって、収穫・出荷の繰り返しの日々。暑さもそうですけど、初めてやる作業だったんで本当に大変でしたけど、段々と作業にも慣れていきました」

そんな通常作業の合間には、獣害対策や新しいみかんの苗の植え付けなど、師匠の下で、様々な作業を年間を通して体験し、学ぶことができたと言う。

「みかんの栽培に関する作業はもちろんのこと、師匠には、一つ一つの作業を効率的かつ低負荷にする方法を教えれてもらいました。例えば、重たいものを持つときの体・力の使い方だったり。学んだことは全部取り入れています」

「基本的には、年間を通して、農協が推奨しているスケジュール。御浜町のみかん栽培に適した土壌・気候もあると思いますが、いつ防除をするとか、肥料をやるとかを忠実に守っていくと、それなりに美味しいみかんができると皆さん言っていますね」

御浜町の研修生へのサポート体制について聞いてみると、

「御浜町が月に2回ほど開催してくれている『みかん講座』はありがたいですね。それぞれの農家さんが独自に工夫してやっていることも多いので、基礎の部分を産地のみかんの専門家から知識として学べて、作業の意味を論理的に理解することに役立つので、独立してからも時間が許す限り、参加したいと思っています」

「御浜町みかん講座」

県などが開催する勉強会とは別に、町独自に主に研修生・新規就農者を対象とした、年20回程度の座学講座を開催し、知識の向上を目指す。

そして、農家として歩み始めた

2025年4月。

1年間の研修を終え、独立。とうとう、農家として一歩を踏み出した多々納さん。

独立するに際し、大きな壁として立ちはだかるのが農地の確保。

「ほとんどの農地は、師匠の高岡さんが話を持ってきてくれたもので、おかげさまで、独立時には目標を超える、約1町2反(1.2ha)の農地を手にいれることができました。今日作業している甘夏の農地に関しては、役場からの紹介です」

栽培している品種構成は、7月に収穫する甘夏が約5反、9月の「味一号(超極早生温州みかん)」が約1反、10月の「極早生温州みかん(日南)」が約3反、11月の「早生温州みかん」が約1反、3月の「不知火(デコポン)」が約1反、5月の「カラ」が約1反と、年間を通してバランス良く収入を得ることができる理想的な構成のつもりだったが、思いがけない課題も浮き彫りになった。

カラマンダリン

「今日(7月)作業している農地は“枳実(きじつ)”という漢方薬の原料になる甘夏を作っているんですけど、その収穫の時期と、9月以降に収穫が始まる温州みかんの摘果作業(果実を間引く作業)の時期が重なってしまって、今、大変なことになっています…(焦)」

「農地は全部が賃貸ですけど、独立前は農地の話がきたら全部受けようと思っていたので、作業が重ならないように栽培する品種構成をもっと計画的にすべきだったと、1年目の大きな反省点ですね(笑)」

そう、前向きな笑顔で話してくれたのが、多々納さんの人となりをそのまま表しているように思えた。

人によっては、独立時に収益が上がる農地を手に入れることが難しい場合もあるが、多々納さんは独立1年目から、ある程度の収益を上げることができているようだ。

風薫る、新しい人生のはじまり 

今までとは全く違う人生。ここで出会った豊かさとは?

「去年、今日の農地の甘夏を枳実ではなくて、ジュースにして、知り合いに配り回ったんですね。そうすると、もちろん好みもあるんですけど、“美味しい”って言ってくれて、“おお、そうなん”って感じで、まんざらでもなくて、

自分が育てたみかんで、誰かを笑顔にできる。“美味しいね”って言ってもらえる。それだけで、本当に嬉しくて、快感。サラリーマン時代にはなかった豊かさを、今は感じられています」 

「移住前は、正直すさんでましたね(苦笑)。物欲に走って、いらんもん買って。会社行ったら心を打ちのめされて。でも、覚悟を決めて移住して、生活のリズムも変わって、

自然の中で、太陽の光を浴びて、風を感じて、綺麗な景色に癒されて、作業中にふと顔を上げると、青い空、青い山、青い海。やっぱりこういう暮らしがいいな。御浜町を選んで良かったなって、つくづく思います」

そんな多々納さんに、農家になることに一歩を踏み出せずにいる人にアドバイスはありますかと尋ねると、

「なんか色々考えると、二の足を踏んで、ちょっと考え直そうってなると思うんですけど、“なんとかなる”ってことですかね。
ほんと、思い立ったが吉日で、環境を変えると、行動するための行動力って言うんですかね。そういう方向に自分も変わっていくと思うんですよ。
とりあえず一歩踏み出さないと。頭の中では何も始まらないかなと思います」

最後に、「みかん農家になってよかったですか?」と尋ねると、こんな話をしてくれた。 

「今日も暑くて、収穫作業は汗だく。 でも、脚立に登って、木の上に顔を出した瞬間、ふっと風が吹いたんですよ。自然って粋なことするなぁと。そうして、ふと空を見上げたら、青空が広がっていて。ああ、この人生にしてよかったなって、改めて思います」 

そんな何気ない瞬間に、心が満たされる新しい人生は、まだ始まったばかりだ。 

新規就農者が、次の新規就農者を呼ぶ。

そんな“持続可能な産地”を目指す御浜町に、新しい風が吹き始めている。

(2025年7月 取材 西村司)

三重県御浜町では、みかん産地を持続可能なものとするために様々な取り組みを行なっており、新規就農希望者へのサポートも注力しています。
希望内容・移住時期など、お一人おひとりの状況に合わせて対応しています。お気軽にご相談ください。

御浜町の就農支援について 詳しくは↓