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本州のほぼ最南端、紀伊半島・三重県南部に位置する人口約8,000人の小さなまち御浜町。
近年、産地の未来を担う新規就農者の確保に力を入れ始め、「持続可能な産地」を目指して、全国からみかん農家の担い手を受け入れている。

御浜町のみかん先生

新規就農促進プロジェクト「みかん、やったらええやん」の開始以降、新規就農者が急増している御浜町は担い手の確保と並行して、受け入れ体制の強化、担い手支援を推し進め、「御浜町みかん講座」の開講、「農地バンク・農機具バンク」改革などに総力をあげて取り組んでいる。

今回は、プロジェクトで重要な役割を担う柑橘栽培専門家であり、みかん講座の講師も務め、新規就農研修生たちから「ケンさん、ケンさん」と慕われる、株式会社オレンジアグリの鈴木賢さんにお話を聞く。

「御浜町みかん講座」で講義をするケンさん

「1987年に三重県農林水産部の職員になり、最初の職場が熊野農林事務所の紀州農業改良普及センターでした。

そこで、農業改良普及員を8年間務めた後は、紀南果樹研究室で柑橘や病害虫の研究などの仕事を7年間。その後は松阪などでの勤務を経て、再び熊野農林事務所で9年間、農業改良普及、農業行政、農家支援の仕事をしてきました。

2023年3月に退職して、4月から株式会社オレンジアグリで、新規就農者のトレーナーとして就農サポートの仕事をさせていただいています。

株式会社オレンジアグリは、JA伊勢が100%出資している会社です。高齢化による離農の増加、人口減少による担い手不足によって引き起こされる産地の課題である耕作放棄地の拡大、それに伴う生産量の減少は産地の大きな課題です。(株)オレンジアグリは、高齢になりみかん栽培を断念した農家などから農地を預かり、その農地をきちんと管理して農地が荒れていく現状を食い止め、地域の生産量維持に貢献する法人経営のモデルになることを目指しています。また、新たな担い手である新規就農希望者の研修トレーナーの役割も担っています」

「私の役割は、その研修生たちと実際に園地で一緒に作業をしながらみかん作りの基礎を教え、農業経営の指南、農家さんから預かった大事な農地を彼らにスムーズに継承するための支援、彼らが規模拡大するための農地確保の支援などを担っています。

それと並行して、御浜町役場農林水産課からの依頼を受け、就農してまもない農業者・新規就農研修生などを主な対象にした「御浜町みかん講座」の講師も務めています。

新規就農者や研修生に大好評のみかん講座

みかん講座は、研修生などが農地で実際に行う作業の意味を、より論理的に頭で理解する場になればと考えています。講座は、月1〜2回、年20回ほど開催しています。摘果や剪定作業などの実習作業でフィールドワークをすることもありますが、基本的には講義形式で、みかん作り、摘果・剪定・防除などの園地作業、農薬・肥料の知識、獣害対策など、この産地に特化した技術・知識をつけてもらう内容にしています」

みかん講座の第1期生でもある西岡夫妻も2024年4月に独立を果たした
西岡夫妻の物語はこちら

専門家が考える産地としての強みは?

「御浜町のみかん産地としての強みのひとつは、温暖な『気候』です。紀伊半島の南にあって、熊野灘には、世界最大級の暖流『黒潮』が流れていて、その20°C以上の暖流の影響を受けて、冬でも暖かい地域。

もうひとつは、『雨』。紀伊半島は、日本でも有数の雨の多い地域で、御浜町のように、『極早生(ごくわせ)』を主力にしている産地にとっては、デメリットもありますが、雨とうまく付き合えば、メリットの方が大きい。

そして、『土壌』。水分ストレスを与えて糖度をあげるためには、土壌も重要で、礫質で水捌けの良いこの地域の土壌は柑橘栽培に非常に適している。まさに『適地適作』と言えると思います。

加えて、個人的に重要だと思っていることは、『地域の歴史』だと思っています。歴史が産地を作ります。日本中には色々な産地があり、それぞれにその歴史を作った人たちがいます。ただし、その歴史をきちんと受け継いでいる産地は、そんなに多くないと思います」

御浜町で4代続く山門農園で学ぶ研修生

「三重南紀は、100年近い時間をかけて『先人たち』によって築き上げられ、世代を超えて受け継がれてきた歴史の上に成り立っている産地。試行錯誤を経て確立されたこの地域に適した柑橘栽培方法、そして、先人たちが蓄積した知識と経験が一番の強みではないかと思っています」

柑橘栽培を仕事としてオススメできる理由

その理由について詳しく教えてくれた。

「みかんの生産量は、昔は全国で年間約300万トンくらいでしたが、令和4年には約70万トンまで減少しています。ただし、人口がそれぐらいの比率で減っているかと言うと、そこまでには至っていません。

高齢化率は高くなっていますが、今、みかんを食べてくれている人はお年寄りの方々が多くて、みかんの消費量はそこまでは減っていない。

そのため、みかんの消費量が生産量を上回っていて、みかんの需要と供給のバランスが大きく崩れてしまって、需要に供給が追いついていないのが現状です。

だから、ここ数年で、新規就農希望者の方々に、『みかんをきちんと作りさえすれば、必ず経営として成り立ちます』とはっきりと言えるようになりました」

最近、世の中を騒がした「令和の米騒動」にも共通して言えることだが、高齢化などで農業の担い手不足が顕著になり、生産量が減少したことで需要が供給を上回る。そのため、みかんの販売単価も右肩上がりを続けている。

農家の収入の柱になる高ニーズ・高付加価値のみかん

御浜町の特産品。超極早生(ちょうごくわせ)温州みかん「味一号(みえ紀南1号)」

果皮が青いうちから収穫される

「『味一号』は、この産地の主力品種であり、9月下旬から出荷される「崎久保早生」と同じ極早生の系統のひとつですが、その崎久保よりも少し早い9月中旬から出荷することができる『超極早生』と呼ばれる系統です。

果皮がいわゆるみかん色になる前の『青い状態』で収穫される温州みかんなのですが、剥いてみると果肉がきれいなオレンジ色。そして、その青い見た目からは想像できない糖度の高さと適度な酸味のバランスの良さが、売りになっています。

三重南紀のように、9月中旬に、消費者に満足頂ける味に仕上がったみかんを出荷できる産地は日本全国を見回してもほんの一握りしかない。非常に付加価値が高く、市場から高い評価を得ています。

しかしながら、その高いニーズに生産量が全く追いついておらず、市場からの要望に答え切れていないというのも現状です」

「味一号」の現在の生産量は約1,000トン。JAの販売担当者によると、現在の生産量の1.5倍にあたる1,500トンは楽に売れるほどの需要がまだまだ潜んでおり、これから産地を引っ張っていく存在として大きく期待されている。

これからのみかん作りと農業経営のバランス

「先ほども言ったように、温州みかんも含めて、中晩柑(甘夏、伊予柑、八朔などの品種)も全国的に足りなくなっています」

三重ブランドにも登録されている中晩柑「カラマンダリン」

「ですので、近年、柑橘栽培の状況が『きちんとみかんを作れば、必ず農業経営が成り立つ』というように変化してきています。

ただし、今後、この産地がどのように生き残っていくかと考えると、おそらくは、今まで通り9月から10月に出荷できる極早生温州みかん(味一号、崎久保早生など)が主力になるのだろうと考えています。

普通、温州みかんは年内に出荷がほぼ終わっていくのですが、この産地は、春に中晩柑も生産していて、『年中』みかんを出荷することができるので、今までは周年出荷体制を維持してきました。ただこれからは、『年中』ではなく区切りをきちっとして、市場と消費者のニーズを抑えた上で、栽培品種構成を考えていくべきだと思っています」

主力品種の一つである極早生「崎久保早生」

「もちろん、産地としては、周年出荷体制の考え方があってもいいと思います。個々の農家としては、産地の主力である極早生温州みかん(味一号、崎久保早生など)に加えて、もう3品種くらいの合計4〜5品種くらいが経営として理想ではないかなと個人的には感じています。

経営安定の観点から考えると、経営の柱となる高ニーズ・高付加価値の「味一号」という主力品目をきっちりと作れるようになることが、産地の農業者としては必要不可欠になります。だからこそ、新規就農者のみなさんには、みかん作りの基礎をしっかり学んでもらわないといけないのです」


御浜町が提案している栽培品種構成のモデルケース

農業に向いている人とは?

鈴木さんの豊富な経験から導き出した「農業に向いている人」について聞いてみた。

「コツコツやれる人。飽きずに、諦めずにやるというのが一番大事です。自然災害などがあっても、諦めずにできる人。

そして、農業も科学的見地に基づいてやる時代になってきました。科学的実証精神というか、論理・根拠を持って農業、柑橘栽培に取り組む姿勢が不可欠だと思っています。

もうひとつは、『経営感覚』

やはり、農業も商売なので、金銭感覚をきちんと持つこと。人を雇ったらどれくらいの経費がかかるので、どれくらいの儲けが必要なのかなどを感覚として持つことができる人。それは、農業を経営として成り立たせるためには必須の素地になってきます」

わたしたちが、これからも御浜らしくあるために

「人々が幸せに暮らし、生きる町を持続していくことは非常に大切で、そのための生業として守っていかなければならないものの一つが、基幹産業である『みかん農業』だと思います。

それを持続していくことは、御浜町そのものを持続することに直結すると信じています。農林水産課を筆頭に、役場職員のみなさん、多くの農家さんもそう感じていると思います。

地域の皆さん、みかんに関わってない人にも、御浜町の基幹産業であるみかん作りを持続していくことが、地域を持続することに繋がるということを理解していだだき、応援してもらえればと願っています」

住民・農家・JA職員・役場職員などで産地の課題を議論する場「産地再生協議会」

育ててもらった地域に恩返しを

「私自身はこの地域に育ててもらってきました。みかん作りの知識ゼロのところからここまで育ててもらいました。恩返しというわけではないですが、やっぱり、それに応えないと駄目だと思っています。

新規就農研修生のトレーナー、みかん講座の講師などの役割を与えていただいた以上は、その役割を精一杯全うしていきたいと思っています。そうすることが『持続可能な産地』を実現するための一助になるのであれば、自分としてもやりがいがあります」

「私はもう、多分ここで、人生を全うしますけど、素晴らしい地域に関わらせてもらったなぁ、と感じています。どこが故郷かなと考えてみると、子供の時にいた滋賀県の印象が一番強いですし、琵琶湖のある風景だったりに思い出はありますが、人生で一番長い時間をこの地域で過ごしてきたので、ここが故郷のようにも感じています。

だからこそ、最後に、ここで、もう少し役割を果たせたら、一生懸命やれたらなと思っています」

ケンさんの地域への感謝の言葉と、産地を思う熱い気持ちに、胸を打たれた。

(2024年1月取材 西村司)

▼鈴木さんの物語を、動画でもお楽しみください!

三重県御浜町では、みかん産地を持続可能なものとするために様々な取り組みを行なっており、新規就農希望者へのサポートも注力しています。希望内容・移住時期など、お一人おひとりの状況に合わせた対応をしています。

御浜町の就農支援について 詳しくは↓