ロゴ
TOPへ戻る
みかんページへ ボタンを閉じる

三重県南部、人口約8,000人の小さな町・御浜町にあるかきうち農園では、社員6人、パート4人の計10人が美味しいみかん作りに精を出す。社員はほとんどが地域外からの若者で、平均年齢は24.5歳。新卒で就職し、様々なことを学びながら懸命に仕事に取り組む若者2人に、話を聞いた。

農業高校での学びを活かして就職

淵上紗希(ふちがみ・さき)さんは、兵庫県西宮市出身の20歳。就職のために御浜町へ移住し、4月で3年目を迎える。

元気いっぱいでしっかり者の淵上さん

高校受験の際「とにかく勉強したくない(笑)!実習が多いのが良い」という理由で農業高校の果樹専攻に進んだ淵上さん。年間を通して様々な種類の果樹を世話するカリキュラムがあり、その中でみかん栽培も学んだが、カメムシが大量発生して収穫できない年があった。「先生も『こんなん初めてだ。何だ?何だ?』って感じで。そういう事があるというのが面白いと思って、‟みかん、やってみたい”と思ったんです。そして、「農業高校で学んだことを活かしたい」とみかんに的を絞って就職先を探した。

ちょうどコロナ禍の影響で全体的に就職の受け入れが少なくなっていたが、ネットや動画で探してかきうち農園を見つけた。

下見に訪れてみると、とても広い園地で様々な種類のみかんが栽培されていることに魅了された。
その際、「うちでは色んなことをやってもらいます。畑に出てみかんを作るだけじゃなく、海外へみかんを売りに行ってもらうこともある。過去に1人で行ってもらった人もいるよ」と社長から話を聞いた。
さらに機械化やICTを活用した見える化などをどんどん進めていると聞き、みかんを育てることだけに視点を置いて就職活動していたが、“その先”が示されたことでかきうち農園を希望する決め手となった。

太陽に当たったり、自然に囲まれた外の仕事が大好きな淵上さん

「1年目は初めてのことだらけで、言われるがままに作業して何がなんだかという感じでした」と振り返る。2年目は「去年もやったな」という作業は自分なりに考えて取り組んでいるが、「毎回、もうちょっとこうすれば良かったということが出てきて。やっぱり難しいなと思うことが多いです。まだまだ全然です」と話す。    

夏の間、汗だくになりながら世話した畑に収穫期が近づくと、みかんが色づいて美味しそうになってくる。「美しく美味しいみかんが出来ると最高にやりがいを感じます。『次も頑張ってみかん作るぞ!』という気持ちが湧いてきますね。今は楽しく仕事ができているので、もっとレベルアップしながら続けていきたいです」と現在の充実ぶりを語った。

私生活では一人暮らし。毎日朝からお弁当を準備して、8時から17時過ぎまで仕事。残業がなければ7時頃には家に帰り夕飯・お風呂と、あっという間に寝る時間。休みの日に1週間分のお弁当のおかずを作り置くなど、時短家事も頑張っている。

御浜町に来てびっくりしたのは”電車”と言ったら「“汽車”だよ。電車じゃないよ」と訂正されたこと。また、帰省のために乗車した時、車掌さんが切符を回収したりして「スゴイ。逆に新しい!」と、都会育ちの彼女には新鮮に映った。
田舎の不便さなどはそんなに感じていない。目下の御浜暮らしにおける目標は、みんなに「ヘタだね」と言われる車の運転の上達だ。

紀勢線はディーゼルで走るため、電車ではない。地元の人は昔の名残で愛着を込めて”汽車”と呼ぶ

幼い頃から憧れた夢が「農業」

収穫はみんなで話しながら作業することも。「にぎやかな職場です」と荻原さん

大阪府大阪市出身の荻原美麗(おぎわら・みれい)さんは、高校卒業後、新卒で就職した18歳の新人。

女子校の普通科だった荻原さん。高校の友人たちは保育士や美容系の大学・専門学校などへ進学する中、農業に就いたのは自分だけだった。‟やりがいのある仕事に就きたい”と考えた時に、幼い頃にテレビで見て「楽しそうだなぁ」と農業に憧れを持ったことがきっかけで、それ以来興味のあった農業の道を仕事として選んだ。

就職先の農家や農園を探す際は、町についても調べた。
「御浜町は大阪にはない自然環境があって、きれいな海も山もあっていいなと思いました。インターンシップ(職場体験・見学)でみかんの収穫作業を体験して、社長から会社の仕事内容や福利厚生などについてお話を聞いたり、淵上さんに作業を教えてもらったりしました。他にも体験に行く予定でしたが、一発で‟ここにしよう”と決めました」。

農業をやりたいと幼馴染には話していたが、それを知らなかった高校の友人たちは就職先を聞いて驚いたという

入社して8カ月。農業と言えば収穫がメインと思っていたが、肥料を撒いたり消毒や草刈りといったことも含めて農業だと、実際に仕事をしてみて知った。

1日のスケジュールは淵上さんと似たもので、7時過ぎに家を出て帰宅は18時頃。そこから夕食・洗濯・お風呂、そして就寝は11時。一人暮らしをしながらの農作業は体力的にはハードなはずだが、「根性とやる気があればいけますね」とにっこりと笑ってみせた。

荻原さんの雰囲気からは意外だった「根性とやる気」は、中学生の時のハンドボール部での経験が下地となっている。とてもハードな部活の中で「根性とやる気」で前向きに頑張ったことが自身を育てた。しんどい時でも弱音を吐かずに前向きに取り組む。

一人暮らしで、休みの日にはドライブしたり温泉に行ったりと、御浜暮らしを満喫している。天気のいい日にはふらっと海へ行って、手作りサンドイッチを楽しんだりすることも。

そんな荻原さんは「いつか家族が欲しい」という。「その時にも、少しでも農業に携わっていられたらいいな」と話した。

農作業だけじゃないから、成長できる

2人の日々の仕事は、主に園地での消毒や施肥・剪定・摘果・収穫などのほか、倉庫内での選別・箱詰め・袋詰め・シール貼りなど多岐に渡る。時には百貨店などでみかんの販売に出掛けることも。

繁忙期は10~12月で、極早生温州みかんや早生温州みかんの収穫期に当たる。この間は特に収穫だけでは終わらない。かきうち農園は生産だけでなく、販売も自社で手掛けるため、選別や箱詰め・袋詰めなどの作業も待っている。注文が多ければ残業が続くこともある。

機械による選別作業でサイズ別に分ける
自分が月日をかけて育て、収穫したみかんを箱に詰め、お客様に届ける

大変なことは?と尋ねると、2人はまず「夏の暑さと冬の寒さ」、そして「重たいものを持つ力仕事」をあげた。収穫したみかんを入れたコンテナ(約15~20㎏)を3段、4段と積み上げていくのが大変で、そこは男女の力の差を感じるという。

意外なことに、完備が難しいトイレ事情などはあまり気にした様子もなく、「冷え性なので」と冬の寒さの方を心配していたが、それも「体を動かしたら温まりますよね。頑張ります」と前向きなコメント。

淵上さんは、先日、社長について初めて展示会に行った。そこは消費者ではなくバイヤーとの商談の場。社長の横で話を聞いて、バイヤーはどういう視点で商品を選ぶのか、アピールの仕方についても勉強した。ほかにも就職希望者向けに会社をPRする動画を作成しオンライン会議で発表する等、生産以外の業務についても多くのことを体験し、様々なことを学んでいる。

一方、就職するまでみかんを売りに行くとは思ってもいなかった荻原さん。物販までするのかと驚いたが、いざやってみるとお客さんの笑顔や喜んでいる姿を見ることができ、それが嬉しく楽しみになった。

三重県多気町の大型リゾート施設VISON(ヴィソン)の産直市場には、月に1、2回は社長と一緒に販売へ出向く。
試食を勧めてかきうち農園のみかんの味を知ってもらう。
目の前で食べてくれたお客さんからの「おいしいね」「1つ買っていくわ」という反応が、御浜に戻ってから仕事をする上での糧となっている。

VISONで対面販売。たくさんの人に声をかけ、PRに励む

スマート農業で仕事効率を上げる

広大な園地を限られた人数で隅々まで手を入れていくには、効率を考えて動くことがとても重要。かきうち農園では「アグリノート」というアプリを活用し管理を行なっている。

どこの園地で誰が何時間どういう作業をしたかなど、各自が日々の作業報告をアップする。肥料の量、薬剤使用の有無や使用量・濃度、収穫量など全て記録していくもので、園地のマップも表示、記録はカレンダーでチェックできる。それらの記録から、1年間を通しての人件費や資材経費がわかり、収穫高を入力することで園地ごとの収益を出すこともできる。

スタッフにとって便利なツールであると同時に、一人ひとりが常にコスト意識を持つことにも役立っている

農業も他産業並みの仕組み作りが重要

2人が働いている株式会社かきうち農園の代表取締役社長を務めるのは、垣内清明(かきうち・きよあき)さん、地元御浜町出身の52歳だ。

京都で10年程サラリーマンとして働いていたが、父親の他界とともにUターン。実家の約0.7ha(ヘクタール)のみかん畑を継ぎ、生産農家として10年間みかん作りに専念していた。
その後、当時御浜町が農業の法人化を推奨していたのをきっかけに決意、規模を拡大し従業員も増やした。法人化して11年目となる現在は園地を14ha(ヘクタール)まで拡大。栽培した15種類以上の柑橘や加工品を販売。また、食品の安全、環境保全、労働安全に取り組み、令和2年2月にはASIAGAP認証*を取得した。

*ASIAGAP認証 食品の安全・環境保全・持続可能な農業に取り組む生産者に与えられる国際認証

チャレンジだったという法人化に踏み切ったのには、垣内社長の強い思いがあった。
「農業も他産業並みにしっかり稼げる仕事にせなあかん。魅力ある儲かる農業の実現をしていかなあかん。親が辞めたら、子どもが継がなかったら、それで終わってしまうのでは継続性がない。少子高齢化で衰退の一途を辿るこの地域の産業のためにも、法人だからできるしっかりした仕組み作りをして、みんなが “やりたい” と思える農業をやっていくべき」と、地域の基幹産業の維持発展に向けてチャレンジを続けている。

かきうち農園では、みかん作りだけ行う農家と違い、一般企業と同様に生産から販売まで一貫して自社で行っている。一般的な生産農家は生産物の栽培のみを行い、JAや市場など決まった所へ出荷する場合が多い。市場で第三者によって生産物の値段が決められて、手数料を引かれた残りが収入となる。生産・商品開発・販路開拓・事務・販売など、一企業法人として柑橘事業に取り組む垣内社長は「なんとかして、自分で作ったものは自分で付けた値段で販売しなければ」と、価格決定権を持って利益の出るビジネスを展開している。

パワフルな垣内社長。社員獲得のためにリクルート活動に出向き、情報発信もやってきた

今は地域外からの若い社員で活気ある会社だが、当初はどれだけ求人を出してもリクルートに行っても応募のない状態が続いた。とにかく知ってもらうために情報発信を続けて、やっと来てもらえるようになったという。

組織づくりで取り組んでいることは、若い人に選んでもらえるような働き方や女性が活躍できる職場、誰もが「面白いね、楽しいね」と言えるような環境を整えること。また、経営理念にもある‟成長できる環境”や”物心両面において幸福”になれるような状況を、どうやったら提供できるかということを考えている。

会社としては三重大学と商品開発を行うなど、6次産業化(生産物の加工から販売まで行い付加価値を付け、産業の可能性を拡げる)をより進めるとともに、本格的に海外輸出に取り組んでいく方針。農業を切り口とした観光にも関心を持っている。

VISONの売り場。売り先の開拓も自分たちで行う

インターンシップ制度で農業と御浜を知ってもらう

かきうち農園では皇学館大学を中心にインターンシップ協定を結び、学生たちが1~2週間程度滞在して農業体験するインターンシップ制度を取り入れている。まずは農業とはどんなものか、御浜とはどんな所かを知ってもらうことが重要。また、お互いのためにミスマッチを起こさないように、体験を通して向き不向きを知ることも大事なことだ。

高校生の新卒者には両親や学校の先生とともに職員の人柄や職場の雰囲気など見てもらって、周りの人々にも安心してもらうよう心掛けている。

若い人がチャレンジできる環境を作る

淵上さん・荻原さんについては「とにかく素直で一生懸命頑張ってくれてます」と垣内社長。

「先日、大阪のあべのハルカスに2人で物販に行ってもらったんです。『一生懸命売っているよ』と周りの業者さんがすごく褒めてくれて。外の方からそういう声が聞こえてくると、嬉しいですよね」と笑みがこぼれた。

まず何より「車の運転から教えます(苦笑)」と垣内社長

「みんなにはどんどんチャレンジして、経験を積んで成長してほしい。海外にも行けるようにしたいね、そのための環境づくりは我々がするべきこと。若い子たちが成長し力をつけていくことが、会社の成長でもある。色々な経験をして『御浜町へ来て良かったな。かきうち農園に来て良かったな』と思ってもらえるように日々取り組んでいく。御浜の地から海外に羽ばたいてもらえるような人材になってもらいたい」と語った。

未経験者が農業を始めるには

農業未経験者にとって、農業のいろはを始め経営など様々なことを学ぶことが出来る法人への就職は、農業を始める一歩の一つだろう。

そもそも、個人で就農するには畑・道具・資材・人手、そして資金の全てを準備しなければならない。その上スキルがなければ、最初から上手くいくなんてことはない。例えばUターンでの就農においても、道具や畑などハード面が揃っていたとしても、経験も信用もなければ銀行で融資を受けることは難しい。スキルが身につくまでは法人で働くことで農業の現場と経営について学び、「やっていける」と見通しが立ってから独立する道を選ぶことができる。

みんなで育てたみかんが食べごろを迎える。年間を通して適切な世話をしてはじめて美しく美味しいみかんに育つ

「美味しいね」の一言が、私を幸せにする

しんどい仕事も共に取組み、喜びを分かち合う‟仲間”

「まだ先のことは考えられない。今はもっともっと農業について勉強しないと」と目の前のことに一生懸命な2人。

条件が特段良い訳ではなく、楽な仕事でないのにも関わらず、淵上さんにとっては「大変やけど、頑張れるし楽しい。やりがいもある仕事」だという。
「2年間やってみて、新しく挑戦したいことはまだ見えてこないですけど、去年・今年と指導や注意を受けたことを踏まえて、来年はさらに効率よくやれるようになりたいと思います」と目標を話す。

荻原さんは「弱音を吐いたら心までしんどくなるから、弱音は吐きたくない。大丈夫・大丈夫!と自分に言ってます」と仕事の大変な面にもポジティブに向き合っている。
今後やりたい業務や挑戦したいことは、「これから探していきたいと思ってます。仕事もだけど、ちょっとしたことに気が付いて、ふと思った時に行動したり、気遣いができる人になりたい」と笑顔で語った。

苦労して自分で作ったみかんを、お客さんに『美味しいね』と言って喜んでもらえることが、二人にとって何よりの喜びであり、やりがいとなっている。そしてそれが、彼女たちを笑顔にしている。

どんな人が農家に向いている?

農業は自然の中で生き物を相手にする仕事。楽なわけがない。
「それでも農業に興味があるという人がいたら、どんな風に声をかけますか」と問いかけた。

淵上さん「自分自身は結構楽しいですし、やりがいも感じる仕事なので是非やってみて欲しいなと思います」

荻原さん「楽しいことだけじゃなくしんどいことも伝えて、それでもやりたいという人がいたら『じゃあ一緒に頑張ろう』と言う」と歓迎の表情をみせた。

太平洋を臨む小さな町のみかん農園では、若者たちが今日も元気にみかん作りに励んでいる  

(2022年11月 取材)

▼渕上さん・荻原さんの物語を、動画でもお楽しみください!

▼Uターンして、個人農家から農業法人に。若者たちと持続可能(サステナブル)な農業を目指す垣内清明さんの物語を、動画でもお楽しみください!

年中みかんのとれるまち、御浜町のかきうち農園HPはこちら

御浜町の就農支援について 詳しくは↓